言語:
  次の作品
  < 前の作品  
十二天像
じゅうにてんぞう
画像一覧
部分一覧
スライドショー
国宝
12幅
縦144.2cm 横126.6cm(各幅)
平安時代・12世紀
京都国立博物館
A甲283
十二天とは方位の神々をいう(天というのは神と同じ意味)。平安時代以降にもたらされた密教では四方に加えて四維および上下と日月をまとめて12の守護 神というセットを生み出した。尊像名と方位を列挙すると、風天(西北)、水天(西)、羅刹天(西南)、閻魔天(南)、火天(東南)、帝釈天(東)、伊舎那 天(東北)、毘沙門天(北)、梵天(上)、地天(下)、月天、日天となる。本作品はかつて東寺(教王護国寺)に伝来したもので、東寺に現存する五大尊五幅 とともに、正月の宮中儀礼に用いられていた由緒ある画像である。

 平安時代以降、宮中では毎年正月に玉体安穏(天皇の身体がやすらかであるこ と)、鎮護国家、五穀豊穣を祈る大規模な密教儀礼が行われていた。これを後七日御修法(ごしちにちのみしほ)という。提唱したのは弘法大師空海だが、実行 は空海没後と思われ、代々の東寺の最高責任者がたずさわるならいだった。真言院という常設の道場が設けられ、両界曼荼羅を本尊とし、五大尊・十二天の画像 がかけ並べられた。画像はなんどか転写される。
 本作品は、大治2年(1127)東寺宝蔵の火災で従来の画像が焼失したため、そのとき新写された ものに当たる。その経過は東寺の来歴を記した『東宝記』に詳しい。それによると、最初は東寺長者勝覚が覚仁に命じて、弘法大師様本に基づいて画像を描かせ た。ところが、鳥羽院から「疎荒」との叱責を受ける。そこでこんどは美作法眼(みまさかほうげん)を引き連れ、仁和寺円堂本を手本として制作させたとい う。その再制作本に相当するとみなされるのが本作品である。
 12幅のうちには作風に若干のはばがあるものの、左右対称の均衡のとれた姿態と綿密な描写、芳醇な色彩と緻密な截金文様(きりかねもんよう)との組合せなど、この時期の濃厚な装飾美に対する嗜好がまざまざと表れている。まさに当代第一級の作品というにふさわしい。